上司は自分に対する反対意見を積極的に探し求めろ「権力格差」-ヘールト・ホフステード

組織における意思決定のクオリティを高めるには、多方からの「意見表明による摩擦の表出」が重要だ。誰かの判断や行動に対し、「それはおかしい」と思った際、遠慮なくそれを声に出して指摘することが必要となる。こうした側面を、ヘールト・ホフステードは「権力格差指標=PDI(Power Distance Index)」として定義、研究を行った。

旅客機における機長と副操縦士

旅客機におけるフライトでは通常、機長と副操縦士が職務を分担する。副操縦士から機長に昇格するには10年程度の時間が必要となり、したがって経験や技術、そこから来る判断力といった面において、機長は副操縦士より格段に優れていると考えられる。しかし、航空機事故の統計では、副操縦士よりも機長が操縦桿を握っているときの方が墜落事故件数が遥かに多い。

この事象は、組織というものが有している不思議な特性が表れている。組織を「ある目的を達成するために集められた二人以上からなる集団」と定義すれば、航空機のコクピットというのは、最小の組織であると考えることができる。目的を果たすためには、機長か副操縦士、片方の判断や行動について、別の片方が反対意見を遠慮なく言える、ということが重要となる。

副操縦士が操縦桿を握っている場合、上役である機長が副操縦士の判断や行動に対し異議を唱えることはごく自然にできることだと考えられる。一方、逆のケースではどうだろうか。目下である副操縦士は、操縦桿を握っている機長に対し、反対意見を唱えられるだろうか。おそらく、なんらかの心理的抵抗を感じるであろうことは想像に容易い。

部下が上役に対して反論する際に感じる心理的な抵抗の度合い

先のケースにおいて、副操縦士に芽生える心理的抵抗から、自身の懸念や意見を封殺してしまった結果が、副操縦士よりも機長が操縦桿を握っているときの方が墜落事故件数が遥かに多い、という統計情報に出ていると考えられる。上役に向かって反論する際、部下が感じる心理的な抵抗の度合には、民族間で差があるということがわかっている。

ホフステードは「部下が上役に対して反論する際に感じる心理的な抵抗の度合い」を全世界で調査し、それを数値化、冒頭に記載した「権力格差指標=PDI(Power Distance Index)」と定義した。国民文化及び組織文化における研究の第一人者として国際的に著名であったホフステードは、IBMからの依頼により同社の社内事情を研究することとなった。

1967年から1973年の6年間にわたりプロジェクトを実施し、各国オフィスによって管理職と部下の仕事の仕方やコミュニケーションが大きく異なること、それが知的生産に大きな影響を与えていることを発見。多くの項目を含む質問表を作り上げ、長い年月のうちに膨大なデータを回収し、様々な角度から「文化的風土がもたらす行動の差異」について分析を実施した。

国の文化的風土がもたらす行動の差異

文化的差異に着眼するにあたって、具体的に次の六つの「次元」を定義し、今日、この六つの定義は一般に「ホフステードの六次元」として知られている。

  • Power distance index(PDI)上下関係の強さ
  • Individualism(IDV)個人主義的傾向の強さ
  • Uncertainty avoidance index(UAI)不確実性回避傾向の強さ
  • Masculinity(MAS)男らしさ(女らしさ)を求める傾向の強さ
  • Long-term orientation(LTO)長期的視野傾向の強さ
  • Indulgence versus restraint(IVR)快楽的か禁欲的か

改めて、ホフステードは権力格差を「それぞれの国の制度や組織において、権力の弱い成員が、権力が不平等に分布している状態を予期し、受け入れている度合」と定義している。例えば、イギリスのような権力格差の小さい国では、部下は上司が意思決定を行う前に相談されることを期待し、特権やステータスシンボルといったものはほとんど見受けられない。

これに対し権力格差の大きい国では、人々のあいだに不平等があることはむしろ望ましいと考えられており、権力弱者が支配者に依存する傾向が強く、中央集権化が進む。こうした、各国の文化的風土による行動の差異、そこから表出する権力格差の違いは、職場における上司と部下の関係性のあり方に大きく作用することとなる。

端的にホフステードは、「権力格差の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地の悪いものとして感じてしまう権力格差の大きな文化圏ではほとんど機能しないだろう」と指摘している。

先進7ヵ国の権力格差

  • 68:フランス
  • 54:日本
  • 50:イタリア
  • 39:アメリカ
  • 39:カナダ
  • 35:西ドイツ
  • 35:イギリス

ホフステードは、フランスや日本などの「権力格差の高い国」では、「上司に異論を唱えることをしり込みしている社員の様子がしばしば観察されており」、「部下にとって上司は近づきがたく、面と向かって反対意見を述べることは、ほとんどありえない」と調査の中で指摘している。

コンプライアンスとイノベーション

それでは、権力格差の大きさは具体的にどのような影響を及ぼすのか。現在の日本に目を向け状況を考えると、大きく二つの示唆があるように思える。一つ目はコンプライアンスの問題。二つ目はイノベーションに関する問題だ。この二つの要素は、企業においては当然のことながら、なんらかの組織運営においても非常に重要となる項目である。

コンプライアンス

組織の中で、権力を持つ人によって道義的に誤った意思決定が行われてようとしているとき、部下である人々が「それはおかしい」と声をあげられるかどうか。ホフステードの研究によれば、日本の人々は他の先進諸国の人々と比較し、相対的に「声を上げることについて抵抗を覚える」度合いが強いことを示唆している。

イノベーション

別コンテンツにて取り上げているが、科学史家のトーマス・クーンは、パラダイムシフトを起こす人物の特徴として、「非常に年齢が若い、もしくはその領域に入って日が浅い人」という点を挙げている。これが示すものはつまり、組織の中において相対的に弱い立場にある人の方が、パラダイムシフトに繋がるようなアイデアを持ちやすい、ということを示唆している。

そのような弱い立場にある人が、積極的に意見を表明することで、イノベーションは加速すると考えられる。しかし日本の権力格差は相対的に高く、組織の中で弱い立場にある人は、その声を圧殺されやすい。それどころか、声を上げる機会すら得られないままに、抱き感じた何らかの意見や考えを封じたまま、組織を去ることも少なくない。

以上の二つを踏まえれば、組織のリーダーは部下からの反対意見について、それが表明された際は耳を傾ける「消極的傾聴」という態度だけでは不十分だということが示唆される。自身に対する反対意見を、今までとは比にならないくらいに探して求めろ、という積極的な態度が必要なのではないだろうか。

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