嘘か誠か、ナポレオン、ヒトラー、スターリンといった独裁者は、寝る前にマキャベリの記した「君主論」を読んだと言われている。「君主論」の中で、マキャベリは「恐れられるリーダーになるべきだ」と主張した。
マキャベリズムとは、マキャベリが「君主論」の中で述べた、君主としてあるべき振る舞いや考え方を表わす用語である。愛されるリーダーと恐れられるリーダー、どちらの方が優れたリーダーなのか。人類の歴史が始まって以来、連綿と議論されてきた問題に対し、マキャベリが展開した理論を紐解く。
マキャベリズムが示唆する概要
マキャベリが君主論の中で述べた内容をまとめると、「どんな手段や非道徳的な行為も、結果として国家の利益を増進させるのであればそれは許される」というものになる。
この君主論が、当時も今も我々に衝撃を与えるのは、これほどまでにタテマエとホンネのうち、ホンネでリーダーのあり方を語る言説がほとんど存在しないからである。
自国やその国民を導くため「理想の実現のためには犠牲は致し方ない」と考える独裁者にとって、まさにバイブルのような位置づけだったのかもしれない。
最適なリーダーシップの在り方は時代背景により変動する
君主論に記された内容は非常に偏ったものであるが、マキャベリがそうした持論を展開したのには、その当時ならではの理由が存在する。
マキャベリが生まれ過ごした当時のフィレンツェは、列強諸外国からの介入を受けていた。1494年フランスのシャルル8世によるイタリア侵攻や、スペイン、神聖ローマ帝国といった外国の軍隊が介入してきた戦争の中で、フィレンツェの軍事的脆弱さは如何ともしがたいものがあった。
そうした中でマキャベリは、なんとか自身が生まれ育ったフィレンツェを支えようと、外交官として諸外国・諸都市を訪問しながら10年以上を過ごした。
現実から導き出した結論
当時のフィレンツェにとってもっとも危険な敵であったのが、北イタリアで圧倒的な権力をもっていた教皇アレキサンドル6世とその庶子であるチェーザレ・ボルジアである。マキャベリの立場からすると距離を置くべき相手であるが、マキャベリはこのチェーザレから君主論執筆の中核となるモチベーションを得た。
チェーザレの勇気、知性、能力。特に「結果を出すためには非常な手段も厭わない」という態度に感銘を受けた。フィレンツェのリーダーたちは、ひたすらに道徳的で人間的であろうとするため、いざ戦争が始まるとからっきし弱かった。こうしたリーダーたちに、チェーザレの思考様式・行動様式を学んでほしいと考えた。
こうして、実質的にフィレンツェを支配していたメディチ家のトップ、ロレンツォ・メディチに献呈された君主論。現在、世界中の大企業向けにコンサルティング会社やビジネススクールが経営者の人材要件を提案しているが、マキャベリが記した君主論は、人類史における最初の「トップの人材要件に関する提案書」と言えるかもしれない。
基盤を危うくする不道徳さは愚かな行為である
マキャベリは「どんなに非道徳的な行為も権力者には許される」などとは言っていない。「より良い統治のためなら、非道徳的な行為も許される」と言っているだけだ。
つまりは、その行為が「より良い統治」という目的に適っているのであればそれは認められるのであって、ただ憎しみを買い、その結果として権力基盤を危うくするような不道徳さは、これを愚かな行為であると批判している。
例えば、ある君主が他国を征服する際には、「一気呵成に必要な荒治療を断行してしまい、日毎に恨みを蒸し返されたりすることのないように」と注意している。今日、大規模なリストラを初期段階で実施する方が、小分けに何度も痛みを伴うような小規模のリストラを実施するよりもうまくいく、という企業再生の鉄則とも符合する。
マキャベリは「不道徳たれ」と言っているのではなく、「冷徹な合理舎であれ」と言っている。「合理」と「道徳」がぶつかり合ってしまうときには、「合理を優先せよ」ということだ。
最適なリーダーシップにおける文脈依存性
これまで記したマキャベリズムについて、現在の文明社会を生きる我々の多くは、強い嫌悪感や拒否反応を示す。そうしたときに忘れてはいけないのは、マキャベリの主張は、まさに国家存亡の危機において求められるリーダー像について述べたものである、ということだ。
ともすれば、我々が今日求めるリーダー像というのは、国家存亡のときに自分たちを導いてくれるような人物なのか、ということについても疑問を投げかけてくる。リーダーシップには文脈依存性があり、ある状況において最適に機能したリーダーシップが、全く別の局面においても機能するとは限らない。
三国志における曹操が典型的な例と言える。若いころから機知権謀に富んではいたものの、放蕩を好み素行が修まらなかったために世評は芳しくなかった。漢の人物鑑定家の許子は曹操を「君は平和な世の中では大泥棒だが、乱世になれば英雄だ」と評している。平和な世の中では活躍できないだろうが、乱世であればリーダーシップを発揮できる、ということだ。
日本においては織田信長にも同様の文脈依存性があるかもしれない。曹操も信長も冷徹な合理主義者というイメージであるが、そうしたリーダーシップが結果に結びついたのは、道徳やら人間性やらと言っていられない乱世ゆえのものだったと考えることもできる。
マキャベリズムについても同様のことが言える。君主論という500年前のフィレンツェにおいて提案されたトップの人材要件が、これほどまでに時間と空間を超えた広がりでもって共有されているということは、マキャベリの主張になんらかの真実と思える内容が含まれているということだろう。
リーダーの立場にある人は、状況次第では歓迎されない決断を迫られる時が数多存在する。それでも、それがビジネスであれ、他の組織であれ、家族であれ、長期的な繁栄と幸福に責任を持つのであれば、断じて決行あるいは行動しなければいけないときがある。そうしたことを、マキャベリズムは教えてくれる。
ニッコロ・マキャベリ
ニッコロ・マキャヴェリ(Niccolò Machiavelli, 1469年5月3日 – 1527年6月21日)は、イタリア・ルネサンス期の政治思想家、歴史家、外交官、作家として知られています。彼は、特にその政治哲学で、現実主義的なアプローチを強調したことで有名で、政治と権力についての新しい視点を提示しました。彼の思想は後の世代に大きな影響を与え、「マキャヴェリズム」という言葉が、道徳や倫理を無視して権力を追求する考え方を指すようになりました。
代表的な著作
マキャヴェリの著作には、いくつかの重要な作品がありますが、最も有名なのは次の2つです。
『君主論』(Il Principe, 1532年出版)
マキャヴェリの代表作であり、政治指導者がいかにして権力を獲得し、維持し、強化すべきかを指南した実用的な書です。この本は、理想的な国家や政治のあり方を論じるのではなく、現実の政治において有効な方法に焦点を当てています。マキャヴェリは、時には道徳的価値を無視してでも、権力を維持するための手段が正当化されることがあると主張しました。
有名なフレーズ:「目的は手段を正当化する」(「Il fine giustifica i mezzi」)という考え方は、『君主論』に由来すると広く信じられていますが、実際にこの言葉はマキャヴェリの著作には直接記載されていません。しかし、その主張の精神を要約していると言えます。
『リウィウスの最初の十年についての論考』(Discorsi sopra la prima deca di Tito Livio, 1531年出版)
『君主論』が専制君主をテーマにしているのに対し、この著作は共和政の擁護に焦点を当てています。マキャヴェリは、古代ローマの歴史家リウィウスの著作を引用しながら、共和政の強みを述べ、政治における市民の参加や法の支配を重視しました。彼は、混合政体(君主制、貴族制、民主制が融合した体制)が安定した政府を作るのに最も効果的だと考えていました。
政治思想の特徴
- 権力の現実主義的分析:マキャヴェリの政治思想の中心には、現実主義があります。彼は、政治や統治の現実を冷静に分析し、理想論や道徳的な考え方に囚われず、現実の政治ではいかにして権力を維持し、効果的に統治できるかを追求しました。彼にとって、統治者が成功するためには、柔軟で、必要に応じて冷酷でなければならないとしました。
- フォルトゥーナとヴィルトゥ:マキャヴェリは、統治者の成功には2つの要素が重要だと考えました。それは、フォルトゥーナ(Fortuna: 運命や運)とヴィルトゥ(Virtù: 統治者の能力や力)です。フォルトゥーナはコントロールできない運命の力を表し、ヴィルトゥはその運命に適応し、乗り越えるための知恵や勇気、決断力を指します。マキャヴェリは、運命の力が大きな役割を果たすが、優れた指導者はその運命に立ち向かう力(ヴィルトゥ)を持つべきだとしました。
- 「ライオンとキツネ」:マキャヴェリは、君主が成功するためには、ライオンのような力強さと、キツネのような狡猾さが必要だと述べました。ライオンの力だけでは罠にかかる危険があるため、キツネの知恵も重要です。つまり、君主は時には力を行使し、時には策略や詐術を使うことが求められると考えました。
- 道徳と政治の分離:マキャヴェリは、道徳と政治は異なる領域であり、統治者が道徳的である必要はないと主張しました。むしろ、権力を維持するためには、非道徳的な手段を用いることも時には正当化されるとしました。この考え方は、彼の思想が「マキャヴェリズム」として後世に評価されるきっかけとなりました。
マキャベリズム
「マキャヴェリズム」という言葉は、マキャヴェリの思想に基づき、道徳的な規範を無視して権力を追求する冷徹な政治手法を指す言葉として使われます。彼の著作は多くの議論を呼び、特に『君主論』の内容は「権謀術数」や「目的のためには手段を選ばない」イメージと結びつけられました。
影響と評価
- ポジティブな評価:マキャヴェリは、政治を現実的かつ実践的に分析したため、現代の政治学や国際関係論の発展に大きな影響を与えました。彼の思想は、政治の複雑さや権力の力学を理解するうえで重要なフレームワークを提供しています。リーダーシップや組織運営の研究でもその理論は応用されています。
- ネガティブな評価:一方で、マキャヴェリはその冷徹さから批判も受けてきました。特に、彼の思想が「無慈悲で、道徳を無視する権力者の手引書」として解釈されることもあり、彼の名はネガティブなイメージと結びついています。しかし、彼自身が必ずしも不道徳な統治者を推奨していたわけではなく、単に現実の政治における権力の本質を描写していたと捉えることもできます。

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