「幸福な人生とはどのようなものか」という問題意識から、心理学の道に進んだミハイ・チクセントミハイ。そうして行き着いたのが「フロー」の概念となり、ともすれば「フローの状態にある」というのは、幸福の条件の一つと捉えることもできる。
持てる力を最大限に発揮し充実感を覚えるとき「フロー」とは
ミハイ・チクセントミハイが研究において追求した問い、それは「人がその持てる力を最大限に発揮し、充実感を覚えるときはどのような状況なのか」というものであった。
この問いの答えを探求するため、チクセントミハイは、アーティストやミュージシャンといったクリエイティブな専門家、外科医やビジネスリーダー、スポーツやチェスといった世界において仕事を愛し活躍している人たちに、ひたすらインタビューをする、というシンプルなアプローチを実施した。
このインタビューにおいて、チクセントミハイはあることに気づく。それは、分野の異なる高度な専門家たちが、最高潮に仕事にノっているとき、そうした状態を表現する手段としてしばしば「フロー」という言葉を用いる、ということであった。こうした経緯を経て、この言葉をそのまま引き「フロー理論」とする仮説をまとめた。
フロー時に発生する状況の報告
- 集中の持続:完全な集中が続き、注意が途切れない。
- 時間の感覚の歪み:時間が非常に速く過ぎる、または止まっているように感じる。
- 自己意識の消失:自分のことを意識せず、活動そのものに没頭する。
- 即時フィードバック:自分の行動がすぐに結果をもたらし、それに応じて次の行動が決まる。
- 課題とスキルのバランス:課題が自分のスキルに適切に挑戦的で、簡単すぎず、難しすぎない。
- 活動自体の楽しさ:外的な報酬や目的ではなく、活動そのものが充実感や満足感を与える。
フロー体験の例
- スポーツ:アスリートが試合中に没頭しているとき。これが俗に「ゾーンに入る」とも呼ばれます。
- 音楽:音楽家が演奏中に自己を忘れて楽曲に完全に集中している状態。
- 仕事や学習:クリエイティブな仕事や新しいスキルを学んでいるときに、時間を忘れて取り組む状態。
- 趣味や創作活動:絵を描く、執筆する、プログラミングするなどの創作活動でもフロー状態がよく体験されます。
課題とスキルのバランスについての詳細
フロー時に発生する状況における「課題とスキルのバランス」において、チクセントミハイは下図のようなチャートにて詳細を説明している。

フロー状態に入るためには、課題が自分のスキルに対して適度に挑戦的である必要があります。課題が簡単すぎると退屈を感じ、逆に難しすぎると不安を感じ、フローに入れません。
この指摘で面白いのは、チャートはダイナミックなもので、時間の経過に伴い縦軸の「チャレンジ」と横軸の「スキル」の関係は、どんどん変化していくという点だ。
最初は不安であっても、チャレンジし続けているうちにスキルが高まり覚醒し、その後フローに入る。フローのゾーンで同様のことを続けていると、習熟度が増しコントロールへ移行する。そうなると居心地の良い状態とはなれど、それ以上の成長は望めなくなる。
つまり、自身の技量とタスクの難易度は、ダイナミックな関係であり、フローを体験し続けるためには、その関係を主体的に変えていく必要があるということだ。
幸福な人生を送るということ
チクセントミハイは多くの人が「無気力」のゾーンで生きている、と嘆いた。
「フロー」のゾーンを目指すことを考えたとき、「チャレンジ」も「スキル」も、一気に高めることはできない。まずは「チャレンジ」のレベルを上げタスクに取り組むことで、次に「スキル」レベルを上げていくしかない。
ともすれば、幸福と考えられる「フロー」のゾーンに入るには、必ずしも居心地の良い状態ではない「心配」や「不安」のゾーンを通過しなければならない、ということだ。
フロー理論の応用分野
- 仕事の生産性: 組織やビジネスの分野で、フロー理論は仕事の生産性向上に活用されています。従業員がフロー状態で作業を行うことで、集中力が高まり、創造性や生産性が向上します。
- 教育: 学校教育や学習の場でも、フロー状態を引き出すことで生徒の学習意欲を高め、効果的な学習体験を促進するために理論が応用されています。
- スポーツ: アスリートが最高のパフォーマンスを発揮するためにはフロー状態が重要とされ、スポーツ心理学においてもフローをいかに引き出すかが重要なテーマです。
- ゲームデザイン: ビデオゲームのデザインにおいて、プレイヤーがフロー状態に入りやすいように、ゲームの難易度やフィードバックシステムが調整されています。これにより、プレイヤーはゲームに没頭し、長時間にわたって楽しむことができます。
ミハイ・チクセントミハイ
ミハイ・チクセントミハイ(Mihály Csíkszentmihályi, 1934年9月29日 – 2021年10月20日)は、ハンガリー生まれのアメリカの心理学者であり、特に「フロー理論」(Flow Theory)の提唱者として知られています。彼の研究は、人間が最も創造的で充実した状態、つまり「フロー状態」と呼ばれる状態についての理解を深め、ポジティブ心理学の発展に大きな貢献をしました。
フロー理論を通じて、人間が最大限の集中力と創造性を発揮し、同時に深い満足感を得る状態を解明しました。この理論は、ポジティブ心理学において幸福や充実感に関する重要な要素として位置づけられており、仕事、教育、スポーツ、創造活動など、さまざまな分野で応用されています。フローは、個人が「今この瞬間」に没頭し、充実感を得るための重要な鍵とされています。
代表的な著作
- 『フロー体験:楽しみと創造の心理学』(Flow: The Psychology of Optimal Experience, 1990) この本では、フロー理論の基本的な考え方を詳細に解説し、日常生活の中でフローを体験し、充実した人生を送るための指針を提供しています。
- 『クリエイティビティ』(Creativity: Flow and the Psychology of Discovery and Invention, 1996) 創造性とフローの関係を探り、創造的な人々がどのようにしてフロー状態を活用して独自の発見や発明を生み出しているかを解説しています。

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