適応力の差は偶発的に生み出される「自然淘汰」-チャールズ・ダーウィン

地質学者であったチャールズ・ダーウィンが提唱した「自然淘汰」というコンセプトを、なぜ哲学という括りで取り上げるのか。それは、「自然淘汰」というコンセプトが、社会の成立や変化、果ては世界の根本的な在り方といったものを理解するのに、非常に有用な概念である可能性を秘めているからだ。

進化を説明する唯一の言葉「自然淘汰」

改めて、「自然淘汰」というコンセプトは、進化を説明する唯一の言葉として独り歩きしている感があるが、ダーウィンが提唱したのは下記の三つの要因となる。

  • 突然変異:生物の個体には、同じ種に属していても、様々な変異が見られる。
  • 遺伝:そのような変異の中には、親から子へ伝えられるものがある。
  • 自然選択:変異の中には、自身の生存や繁殖に有利な差を与えるものがある。

こうして並べてみると、これらを包括した「自然淘汰」というコンセプトにはある種の違和感を覚える。生物としての、木の葉にそっくりの昆虫や、砂漠にいれば砂としか見えないような保護色をまとった動物が、意図的ではなく、つまりは偶然に、このような形質を獲得した、ということがあり得るだろうか。

予定調和しない変異が与えるもの

突然変異によって獲得される形質は、当然のことながら予定調和しない。変異の方向性は極めて多様で、確率的には生存やそこから来る繁殖に有利な差を与えるものもあれば、そうではなく、不利な差を与えてしまう変異も、中央値を挟む形で正規分布していたであろうと考えられる。

不利な差を与えてしまう変異、例えば砂漠地帯に生息するトカゲがグリーンの姿で生まれてくることもあったはずで、そうした色は目立ってしまい、天敵に狙われやすくなる。そうした変異を突然変異により獲得してしまった個体は、天敵に捕食される確率が相対的に高くなり、結果として獲得した変異は次世代へと遺伝されずに終わる。

生物は自然界において、どのような形質がより有利であるかを、事前に知ることはできない。ダーウィンの自然淘汰という仕組みは、いわばサイコロを振るようにして起きた様々な形質の突然変異のうち、たまたま、より有利な形質を持った個体が、遺伝によりその形質を次世代に残し、不利な形質を持った個体は淘汰されていくという、膨大な時間を要する過程だ。

一般に、生物の繁殖力は環境収容力(生存可能性の上限)を超える。同じ生物種内で生存競争が起き、生存と繁殖に有利な個体はその性質を多くの子孫に伝え、不利な性質を持った個体の子孫は少なくなる。個体の持つ環境への適応力に応じて、一種の篩い分けが行われる、というのが自然淘汰というメカニズムの概要ということになる。

非予定調和的=エラーという考え方

この「自然淘汰」というコンセプトは、私たちにどのような示唆を与えてくれるだろうか。環境に、より適合したものが生き残る、という自然淘汰のメカニズムにおいて、最大の鍵になるのは「適応力の差は突然変異によって偶発的に生み出される」という点だ。

突然変異は、非予定調和的な変化だ。そうした変化が、適応力の差を生み出すということは中々に示唆深い。なぜなら、この変化は、一種のエラーを起こすことを前提にしているからである。一般に、エラーというものはネガティブなものとして捉えられ、願わくば排除しようと考える。

しかし、自然淘汰のメカニズムには、エラーが必須の要素として組み込まれている。ネガティブではなく、なんらかのポジティブなエラーが発生することで、システムのパフォーマンスが向上することがある。同様のメカニズムが働いている事例として、働きアリのアリ塚について取り上げる。

働きアリたちが示してくれるもの

働きアリと聞いて想像するのは、アリ塚でエサをせっせと運んでいる無数のアリたち。一匹が巣の外でエサを見つけると、ここにエサがあるぞ、ということを印すために、フェロモンを出しながら巣まで帰る。他のアリたちはそのフェロモンをトレースすることでエサまでのルートを知り、多くのアリがそこから手分けしてエサを巣まで運ぶ、ということが行われる。

したがって、巣を繁栄させるための、エサの獲得効率を最大化される鍵は、エサを見つけたアリが出すフェロモンを、他のアリがどれだけ正確にトレースできるか、という点にあるように思われるが、これが実はそうではないらしい。広島大学の西森拓博士の研究グループが実施した、面白い研究についても言及する。

アリが出すフェロモンを追尾する能力の正確さと、一定の時間内に巣に持ち帰られるエサ量の関係を、シミュレーションにより分析する、というものだ。六角形を多数つないだ平面空間を、エサを見つけると他のアリをフェロモンで動員するアリAが移動している。

アリAを追尾する他のアリには、Aのフェロモンを100%間違いなく追尾するマジメアリと、一定の確率で左右どちらかに間違えて進んでしまうマヌケアリをある割合で混ぜ、マヌケアリの混合率の違いによって、エサの持ち帰り効率がどう変化するのかを調べた。この結果が面白い。

どうしたことか、Aを100%追尾するマジメアリだけの巣よりも、あちこち間違えて進んでしまうマヌケアリがある程度存在する巣の方が、エサの持ち帰り効率は中長期的には高まることがわかった。つまりは、Aが最初にエサを見つけて印したフェロモンのルートが、必ずしも最短ルートでなかった場合、次のようなことが考えられる。

マヌケアリが間違って進んでしまったルート、つまりはエラーを起こしたことで、思わぬ形で最短ルートが発見され、他のアリもその最短ルートを使うようになり、結果的に「短期的な非効率」が「中長期的な高効率」に繋がった、ということだ。こうした「偶発的なエラーによって進化が駆動される」という現象は、私たちが生きる社会にも大きな示唆を与えてくれる。

自然界において、適応能力の差分は計画や意図によるものではなく、一種の偶然によって生まれているのだということを知れば、組織運営や社会運営においても、それを計画的・意図的により良いものに変えていけるのだという傲慢な態度を改め、むしろ「ポジティブな偶然」を生み出す仕組みを作ることに、注力したほうがいいのかもしれない。

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