村落共同体と社会「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」-フェルディナンド・テンニース

フェルディナンド・テンニースが考察した哲学について、まずはゲマインシャフトとゲゼルシャフトそれぞれの概要を説明する。

自然発生的なコミュニティ「ゲマインシャフト」

地縁や血縁、友情などによって深く結びついた自然発生的なコミュニティのこと。元々のドイツ語ではGemeinschaft=共同体を意味する。

人為的なコミュニティ「ゲゼルシャフト」

利益や機能、役割によって結びついた人為的なコミュニティのこと。ドイツ語ではGesellschaft=社会を意味する。

近代化していく過程におけるシフト

テンニースによれば、人間社会が近代化していく過程において、地縁や血縁、友情で深く結びついた自然発生的なゲマインシャフトは、利益や機能を第一に追求するゲゼルシャフトへシフトしていくことになる。そうして社会組織が変遷していく過程で、人間関係そのものは疎遠になっていくと考えた。

機能を重視するゲゼルシャフトでは、社会や組織が一種のシステムとして機能することになる。そうような集団に所属する個人の権利と義務は明確化され、それまでのウェットな人間関係は、利害関係に基づくドライなものへと変質することとなる。しかしそれは本当なのか。視点を柔らかくして考察してみる。

近代以降の日本の歴史

戦前の日本において、多くの国民のアイデンティティの基盤となっていたのは村落共同体というゲマインシャフトであった。生まれた場所から移動することなく、多くの人は家業を継ぎ(ほとんどが農業にあたる)、生まれたときから所属していた地縁や血縁によるコミュニティから離脱することなく一生を終える。

半ばコミュニティからの制約や監視を受けながら、半ばそのコミュニティからの扶助や支援を受けて、生まれてから死ぬまでの人生を送るという人々が数代以上にわたって繁栄を重ねてきた。

しかし戦後、特に高度経済成長期に入ると、都市部の企業や店舗が多くの人員を必要とするようになり、地方から都市部への集団就職のような形で、生まれ育ったコミュニティであるゲマインシャフトを離れ、会社・企業というゲゼルシャフトというコミュニティに所属するようになる。

会社・企業はゲゼルシャフトと言えるかどうか

戦後、故郷から都市部へ移動した人々が移動した先の会社や企業は、テンニースが本来の意味で言ったゲゼルシャフトと言えるかどうか。昭和期の会社に存在した三種の神器、「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」から考察してみる。

  • 終身雇用:一生面倒をみるから忠誠を尽くしてくれ、という約束ごと
  • 年功序列:コミュニティにおいては年長者が相対的に尊敬・重用される、という約束ごと
  • 企業内組合:仲間の雇用を一緒に守ろう、誰かが解雇されないように団結しよう、という約束ごと

つまりは、村落共同台であるゲマインシャフトにおいて暗黙の前提となっている約束ごとと同じである。こうした三種の神器に加えて、会社における運動会などのイベントは村落共同体における盆踊りに、社屋屋上の神社は村の鎮守に該当する。

ここから、日本社会において一旦崩壊しかけた村落共同体というゲマインシャフトを、会社・企業という別形態のゲマインシャフトが受けついでいった、と捉えることもできる。

これからの社会におけるあり方

ゲマインシャフトを友愛や血縁に基づいた結びつき、ゲゼルシャフトを機能や役割についた結びつきと考えれば、両者がなんらかの形で重層的に担保されない限り、生産性と健全性が両立した社会の形成は難しい。日本の大企業におけるゲマインシャフト的な要素はすでに崩壊しており、アメリカ社会に象徴されるようなゲゼルシャフトに移行していくと考えられる。

戦前では村落共同体が担っていた、高度経済成長期からバブル期までは企業が担っていた、社会におけるゲマインシャフト的な要素は、今後何が担うことになるのか。会社や家族の解体が不可逆的な流れだとすると、それに変わる新しい構造を人類は必要とする。

フリードリッヒ・テンブルクは「社会全体を覆う構造が解体されると、その下の段階にある構造単位の自立性が高まる」と言っているが、そうだとした場合、会社や家族という構造の解体に対し、歴史の必然として新しい社会の紐帯を形成する構造が求められる。その役目を果たす要素について、考える必要があるのではないか。

フェルディナンド・テンニース

フェルディナンド・テンニース(Ferdinand Tönnies, 1855年7月26日 – 1936年4月9日)は、ドイツの社会学者であり、「ゲマインシャフト(共同社会)」と「ゲゼルシャフト(利益社会)」という概念を提唱したことで有名です。彼は社会学の分野において、近代社会の変容を分析し、特にコミュニティや社会構造に関する理論を発展させました。テンニースは、個人と社会の関係や、伝統的な共同体が近代化の中でどのように変化していくかに強い関心を抱いていました。

『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』 (Gemeinschaft und Gesellschaft, 1887年)

テンニースの代表作であり、彼の社会理論の基礎を成すこの著作は、伝統的な共同体(ゲマインシャフト)と近代的な社会(ゲゼルシャフト)との対比を詳細に論じています。

ゲマインシャフト(Gemeinschaft: 共同社会)

  • 本質的な意思(Wesenwille)に基づいた社会形態。
  • テンニースによれば、ゲマインシャフトは、親密で直接的な人間関係によって構成される社会です。家族、村落共同体、宗教団体など、自然に形成された絆に基づく集団がその典型です。このような社会では、人々は互いに深い信頼関係を持ち、相互扶助や感情的なつながりが強調されます。
  • ゲマインシャフトは、共通の伝統や価値観によって結ばれ、個々の成員が全体の一部として行動します。ここでは、人間関係は利害関係を超えた相互の関心や義務に基づき、協力と団結が重視されます。

ゲゼルシャフト(Gesellschaft: 利益社会)

  • 選択的な意思(Kürwille)に基づいた社会形態。
  • ゲゼルシャフトは、利害関係や契約的な人間関係によって成り立つ社会です。都市社会、ビジネス、政治などがその典型で、個人が自己利益を追求するために、特定の目的のために集まった集団です。ここでは、感情的な絆は希薄であり、関係は一時的かつ目的志向的です。
  • この社会形態では、個人主義が強調され、成員は互いに独立した存在として行動します。社会的なつながりは契約や規則に基づき、協力は利益のために行われるものとされています。

ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの対比

  • ゲマインシャフトは、伝統的な農村社会や親族関係を象徴し、個々のメンバーが強い相互依存の中で生きている状態を示します。テンニースは、この形態を「自然な結合」と呼び、伝統や文化、地域社会に根ざした生活を反映しています。
  • 一方で、ゲゼルシャフトは、都市化や産業化が進む近代社会の特徴を表しており、個人が自由に選んだ目的に基づいて行動する「人為的な結合」です。この社会では、競争や利益追求が重要な役割を果たし、規則や契約に基づく形式的な関係が支配的です。

テンニースの社会理論の意義

テンニースのゲマインシャフトとゲゼルシャフトの理論は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、急速に進む都市化や産業化に直面した社会の変化を分析する上で非常に重要でした。彼の分析は、近代社会がもたらす個人主義や社会的疎外の問題を浮き彫りにし、現代社会における人間関係の希薄化や孤立の問題に通じるものがあります。

  • ゲマインシャフトは温かみのある人間関係を象徴し、共同体的な生活の価値を強調していますが、それは同時に個人の自由を制約する可能性もあると指摘されます。
  • ゲゼルシャフトは、自由で合理的な選択が可能な社会を描いていますが、その代償として、人間関係が疎遠になり、社会的なつながりが薄れていくリスクがあります。

テンニースの理論は、個人と社会の関係性に焦点を当て、近代社会の問題を理解するためのフレームワークを提供しました。この二分法的なモデルは、社会学だけでなく、政治学、文化論、心理学など、多くの分野での議論に影響を与えました。

テンニースの影響と後世の評価

フェルディナンド・テンニースは、社会学の父の一人として広く認識されており、彼のゲマインシャフトとゲゼルシャフトの概念は、後の社会学者や思想家に大きな影響を与えました。特に、近代社会における人間関係やコミュニティの変化を理解するための基本的な視点として重要視されています。

  • マックス・ウェーバーやエミール・デュルケームといった他の偉大な社会学者とも思想的に交流があり、彼らの社会理論の発展にも寄与しました。ウェーバーの「形式的合理性」と「実質的合理性」の区別や、デュルケームの「機械的連帯」と「有機的連帯」の概念など、テンニースの理論と共通する部分が多く見られます。
  • テンニースの分析は、現代のコミュニティ論や都市研究においても依然として影響力を持っており、デジタル社会における人間関係の変化などにも適用されることがあります。今日のグローバル化やネットワーク化された社会においても、テンニースの理論は依然として有効な視点を提供しています。

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