自分の行動を合理化させるために意識を変える「認知的不協和」-レオン・フェスティンガー

私たちは「意思が行動を決める」と感じるが、実際の因果関係は逆だ、ということを認知的不協和理論は示唆する。外部環境の影響によって行動が引き起こされ、その後に、発現した行動に合致するように意思は、いわば遡求して形成される。

人間は「合理的な生き物」ではなく、後から「合理化する生き物」なのだ、というのがレオン・フェスティンガーの答えだ。

思想と信条の変更を余儀なくされる洗脳

日本語の「洗脳」は英語の「Brain Washing」の直訳であり、英語の「Brain Washing」は中国語の「洗腦」の直訳である。

アメリカ合衆国の諜報機関であるCIAが、朝鮮戦争の捕虜収容所で行われた思想改革について作成した報告書で初めて紹介されたこの言葉は、その後、ジャーナリストのエドワード・ハンターが中国共産党の洗脳技法についての書物を記したことで、広く知られるようになった。

朝鮮戦争当時、米軍当局は捕虜となった米兵の多くが、短期間のうちに共産主義に洗脳される事態に困惑していた。

中国共産党が実施していた洗脳技法

中国共産党が実施していた洗脳技法がどのようなものであったのかが、今日では明らかとなっている。

捕虜となった米兵に「共産主義にも良い点はある」という簡素なメモを書かせ、その褒賞としてタバコや菓子など、ごくわずかなものを渡していた。

祖国米国に対する反論を強く訴えさせたり、あるいは拷問にかけたり、そういうことは全くしていなかったのである。

米兵捕虜の中で働いた心理的プロセス

米兵捕虜にとっては、自分はアメリカで生まれ育ち、中国や共産主義は敵だと思っている。ところが捕虜となってしまい、共産主義を擁護するメモを書いている。

このとき、贅沢な褒賞が出ていれば「贅沢な褒賞のために仕方なくメモを書いた」ということで、「思想・信条に反するメモを書いた」というストレスは解消される。

しかし、実際の褒章はタバコや菓子といった些細な褒賞でしかない。これでは「思想・信条に反するメモを書いた」というストレスは消化されない。

ストレスの元は「共産主義は敵である」という信条と「共産主義を擁護するメモを書いた」という行為のあいだに発生している「不協和」であり、この不協和を解消するためには、どちらかを変更しなくてはならない。

メモを書いたという事実は変更できない。変更できるのは「共産主義は敵である」という信条の方となり、この信条を「共産主義は敵である。しかし良い点もある」と変更することで、「行為」と「信条」のあいだで発生している不協和のレベルは下げることができる。

常識感覚と照らし合わせてみる

中国共産党が行った洗脳手法は、私たちの常識感覚からは大きく外れるように思う。思想や信条を変えさせるための褒賞は、多額の報酬でなければ効果がないように思われる。

ゲーテの戯曲「ファウスト」では、ファウスト博士は悪魔メフィストフェレスに対し、「死後の魂の服従」を条件に「現世におけるあらゆる快楽を得る」という契約を交わす。「魂の服従」、つまりは思想や信条を売り渡すということで、その褒賞は「現世のあらゆる快楽」でないと釣り合わないということだ。

しかし、米兵捕虜は思想と信条を変えるにあたり、タバコや菓子しかもらっていない。レオン・フェスティンガーが認知的不協和理論をまとめたのは朝鮮戦争よりも後のことであり、ということは中国共産党は独自にこの洗脳手法を編み出したということになる。

この「人間の本性を洞察する力」には戦慄を覚える。

理論考察のために行った実験

この認知的不協和理論について、レオン・フェスティンガーが実際に行ったのは下記のような実験である。

退屈でつまらない作業を長時間にわたりさせた後で、「実験は終わりですが、今日はアシスタントがいないので次の参加者を呼んでください。その際、この実験はとても面白いと伝えてください」と指示する。要するに「嘘をつけ」ということだ。

実際には次の被験者はサクラで、被験者が指示された通りに嘘をつくかどうかを確認する役を務める。このとき、参加者は二つのグループに分けられ、グループ別に褒賞が渡される。

一つ目のグループは20ドル、二つ目のグループは1ドル。果たして実験の結果は、1ドルしかもらわなかったグループの方が、「面白い実験だった」と嘘をつく比率が高かった。

事実と認知のあいだで発生する不協和を解消させる

参加者にとって、「退屈な作業だった」という認知と、「とても面白い」という嘘は対立する。ここに認知的不協和が発生する。

「とても面白い」という嘘はすでについてしまっている事実となり変えられないため、「退屈な作業だった」という認知を改変するしかない。

報酬が高額であれば、その報酬のためにやったということにして、ストレス=不協和は小さくなる。しかし報酬が少ない場合、嘘をつくということの正当化は難しくなる。「退屈な作業だった」という認知を改変する誘因が強くなるということだ。

一般的に、なにかを人に依頼するとき、より高い報酬を払った方が、気持ちよくやってもらえるのではないか、と考えがちだ。しかし、この認知的不協和に関する実験の結果では、そうではない、ということがわかる。

まとめ

事実と認知とのあいだで発生する不協和を解消するために認知を改める。これは人間関係でもよくある話である。

女性が、好きでもない男性の世話をしているうちに好きになってしまった、というのもいい例である。「好きではない」という認知と「世話をしている」という事実は不協和を発生させる。後者の「世話をしている」という事実は変えられないため、不協和を発生させている「好きではない」という気持ちを「少しは好意があるかも」と改変してしまう。

周囲から影響を受け、考えが変わり、その結果として行動に変化が生じると私たちは信じている。人とは主体的存在であり、意識が行動を司っている、そんな自律的人間像を思い浮かべる。

しかし、レオン・フェスティンガーはこの人間像を覆した。社会の圧力が行動を引き起こし、行動を正当化・合理化するために、意識や感情を適応させる。それが人間だ、ということだと。

レオン・フェスティンガー

レオン・フェスティンガー(Leon Festinger, 1919年5月8日 – 1989年2月11日)は、アメリカの社会心理学者であり、特に認知的不協和理論(Cognitive Dissonance Theory)を提唱したことで知られています。彼の研究は、個人の信念や態度、行動がどのように相互作用し、特に矛盾が生じたときにどのように人々がそれを解決しようとするかに焦点を当てており、現代の社会心理学において非常に重要な理論の一つとなっています。

認知的不協和理論(Cognitive Dissonance Theory)

フェスティンガーの最も有名な理論である認知的不協和理論は、以下のように説明されます。

認知的不協和とは?

認知的不協和は、個人が二つ以上の矛盾した信念や態度、行動を持っている状態を指します。フェスティンガーは、このような矛盾が心理的な不快感(不協和)を引き起こし、人々はこの不快感を減らそうとする動機を持つと考えました。

不協和の低減

認知的不協和が生じたとき、人々はそれを減らすためにいくつかの方法を取ります。これには以下のような行動が含まれます。

  • 態度や信念の変更:不協和を解消するために、矛盾している考えや態度を変更します。たとえば、喫煙が健康に悪いと知っているにもかかわらず喫煙している人は、喫煙の危険性を軽視するような信念に変更することがあります。
  • 行動の正当化:人々は、自分の行動を合理化することで不協和を解消しようとします。たとえば、「ストレスを解消するために喫煙している」と自分に言い聞かせることがあります。
  • 新しい情報の探求:不協和を緩和するために、自分の信念を支持するような情報を探し、矛盾を感じなくなるようにします。これを「選択的情報探索」と呼びます。

不協和の例

フェスティンガーの有名な実験の一つに「1ドルの実験」があります。この実験では、参加者が退屈な作業を行い、その作業を他の人に「楽しい」と伝えるように頼まれました。一部の参加者にはその報酬として1ドルを与え、他の参加者には20ドルが与えられました。結果として、1ドルしかもらわなかった参加者の方が「作業は本当に楽しかった」と感じたことが分かりました。フェスティンガーは、1ドルでは嘘をつく理由としては弱いため、参加者は自分の態度を変更してその不協和を解消しようとしたと解釈しました。

社会的比較理論(Social Comparison Theory)

フェスティンガーはまた、社会的比較理論(Social Comparison Theory)も提唱しました。この理論は、個人が自分の意見や能力を他者と比較することで自分を評価する傾向があると述べています。具体的には、人々は自分の能力や成功を客観的に評価する基準を持っていない場合、他の人々との比較によってそれを行おうとします。

  • アップワード比較:自分よりも優れた人と比較すること。これにより動機付けが生まれることもあれば、自己評価が低下することもあります。
  • ダウンワード比較:自分より劣っている人と比較すること。これにより自己評価を高めることができます。

社会的比較理論は、個人の自己評価や行動にどのように他者が影響を与えるかを理解する上で重要な枠組みです。

認知的不協和の応用

フェスティンガーの認知的不協和理論は、さまざまな分野で広く応用されています。たとえば、

  • マーケティング:消費者が高額な商品を購入した後に「買って良かった」と感じるために、ブランドはポジティブなメッセージや体験を提供し、不協和を減少させようとします。
  • 健康行動:喫煙や飲酒のような健康に悪い行動を正当化する人々の思考過程を理解するために使用されます。
  • 政治学:支持する政党の政策が間違っていると感じた際、支持者がどのようにしてその矛盾を合理化するかを説明するのにも使われます。

フェスティンガーの影響と遺産

フェスティンガーの理論は、現代の心理学、特に社会心理学に大きな影響を与えました。彼の研究は、個人の態度変容や行動の背後にある心理的プロセスに対する理解を深め、特に矛盾や葛藤が人々にどのような影響を与えるかを解明しました。

彼の理論は、現代においてもマーケティング、行動経済学、政治心理学、教育などの分野で広く応用されています。

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